日本フリーランスの旅Vol.3【名古屋編】永谷正樹さん
名古屋にやってきた。
今回話を伺うフリーランスは、永谷正樹(ながや まさき)さん。東海地方をメインに活動するカメラマン・ライターだ。永谷さんは僕が出版社に勤めていた20代の頃からお世話になった方で、自分がグルメサイトの編集に携わっていたここ数年は名古屋の飲食店や食品メーカーの取材記事をかなりの数手がけていただいた。
名古屋のグルメ情報に関していえば、だいたいのことに通じている、自分にとっては地域の顔のような存在である。
そんなわけで、今回は「名古屋めしに詳しい永谷さんに美味しい名古屋めしをたくさん紹介してもらいました!」と思わず書いてしまいそうになるが、話はむしろ逆だ。
彼は毎日更新しているブログで、2021年5月に「脱・名古屋メシライター」宣言をしている。
このジャンルでは第一線で活躍し、名古屋メシの案内人として東京のマスコミでも名が知れ渡っていた彼は、地元の食とどう向き合っているのか。
その真意を聞いてみたくて、名古屋までやってきたのだった。
味噌カツではなく「美味いトンカツ」として味わってほしい
「お連れしたいお店があるんです」と案内いただいたのは、若者の街・大須にあるとんかつ屋。何度も取材で訪れているという「すゞ家 大須赤門店」である。
永谷:僕ね、ここのトンカツ食べて泣いたことがあるんですよ。めちゃめちゃ精神的にヘコんでいた時だったんで、美味さが余計に身にしみたというか。
美味しすぎて泣いた、とSNSに投稿することはあっても実際に味で涙を流したことあったっけ。
記憶を辿る間もなく、目の前にロースカツ定食が運ばれてきた。
さっそく食べてみると、これがめっぽう美味い。衣はサクサクしていて香ばしく、豚肉はほどよい厚みで噛むほどに甘さを感じる。何より味噌ダレが深い味わいで、全然押し付けがましくなく引き立て役に徹しているのがいい。
名古屋のトンカツといえば、味噌ダレがダラッと無遠慮にかけられたいわゆる「味噌カツ」をイメージしがちだが、まったく別物だ。
弱っている時に思わず泣いちゃうっていうのはちょっとわかる気もする。
永谷:これをあえて「名古屋メシ」として紹介するのって、ちょっと乱暴なんじゃないかってずっと感じていました。自分としては、あくまでも「美味いトンカツ」として食べてほしい。お店のご主人だって、別に「名古屋メシを作ろう」と思って調理しているわけじゃないですから。
確かに、自分の食後感も「名古屋メシを食べた」ではなく「むちゃくちゃ美味いトンカツを極上のタレにつけて食べた」だし、そのまんまの情報として脳内にインプットされるだろう。
永谷:名古屋メシというジャンルにカテゴライズしてアピールすること自体を否定はしません。集客する上である程度のキャッチーさは必要だと思いますし。ただ、自分としてはひとくくりにされることで抜け落ちてしまう大事な部分をきちんと伝えたい。そう考えた場合、名古屋メシライターと名乗るのは無理があると気づいたんです。
名古屋めしライターという肩書きでは、名古屋めしにカテゴライズされる料理としてしか語ることができない。いや、できるという人もいるだろうが、私にはできない
自身のブログでも彼はそう綴っている。自身も名古屋メシライターとしてさまざまな媒体で仕事をしてきただけに、反省の念もあるのだろう。数多くの取材を経た者だからこそ辿り着いた境地なのかもしれない。
意外だった名古屋人のきしめん離れ
そもそも名古屋メシと言う言葉はそもそもどこから生まれたのだろうか。
調べてみると「2001年頃、名古屋の飲食チェーンが東京で展開する際、ご当地料理を名古屋メシとして売り出した。由来はすでに市民権を得ていたイタメシに引っ掛けたもの」が定説のようだ。
つまり、意外にも地元ではなく東京で生まれて広まった言葉である。さらに愛知県で2005年開催の「愛・地球博」を控えた時期だったこともあり、伝播力に拍車がかかった。
永谷:名古屋メシという言葉が生まれてからかれこれ20年経っているわけで、いろんなところで便利に使われすぎて、あまりに一人歩きしすぎちゃった感は否めませんよね。ただ、グルメ目的で名古屋に来る人ってどれくらいいるんだろうってのが正直な実感で。たまたま仕事の出張とか、好きなアーティストのライブを名古屋に見に来たついでにじゃあ食べてみようかっていうくらいのもんじゃないかな。
意外だったのは、地元の人間すらもいわゆる名古屋メシに親しんでいるかというと必ずしもそうでないところだ。
たとえば、きしめん。
永谷:きしめんは手打ちするのに時間も人的なコストもかかるせいか、実は名古屋でも出すお店が減ってきています。そんな中でも頑張っているお店はあって、たとえば千種区に去年オープンした星が丘製麺所なんかは機械打ちにして冷凍も最新の技術を使っていていつでも変わらないクオリティで出せる工夫をしています。
その言葉に偽りはなく、取材翌日に星が丘製麺所で食べた冷やし麺「太門(タモン)」は非の打ち所がない美味さだった。
永谷:このお店はおしゃれな雰囲気もあるので若いお客さんも多いんですが、「生まれて初めてきしめんを食べたら感動したので、近所でも探して食べてみよう」って名古屋市内の子が言ってるのを聞いてこっちが逆に感動しましたね。
永谷:AKB48って「クラスの10番目に可愛い子を集めることで大きな力に変えた」みたいな話があるじゃないですか。その捉え方は人それぞれだとは思いますけどね。名古屋メシという言葉も生まれた当初は一つ一つのインパクトが弱いからこそのネーミングだったと思うんです。でも、20年経ってそろそろソロで行けるんじゃないかって思うんですよね。各々、実力も十分に備わってるわけですから。
派手なモーニングだけが名古屋の喫茶文化にあらず
名古屋の食文化といえば、欠かせないのが喫茶店文化である。
永谷さんが連れてきてくれたのは、コンパル御器所(ごきそ)店。コンパルといえば名古屋では知らない者がいない喫茶チェーンだが、初めて訪れた者すらどこか懐かしさを感じる雰囲気だ。
永谷:名古屋の喫茶店っていうと、メディアはどうしても派手なモーニングを取り上げてこれが喫茶文化だ!って言いたがりますよね。かつては自分もそうでした。ただ、そういった店が今も生き残っているかというと意外と残ってない。もちろん、頑張って続けている店もありますけど、大盤振る舞いのモーニングを継続するのって相当大変なんですよね。豪勢なモーニングだけが名古屋の喫茶文化かっていうと全然そうじゃないんですよ。
ネタとして取り上げたものは、ネタで終わってしまうことも少なくない。そうではなく、市民が日常的に利用し、日々の句読点を打つような喫茶店こそが長く愛される存在なのではないか、と永谷さんは言う。
永谷:僕なんかが高校時代に行っていた喫茶店って今でも続いてるんです。じゃあどういう店かって言うと、まぁ取り立てて個性がないめちゃめちゃ普通のお店というか。緩い空気感があって、なんてことないピラフが美味い。そういえば、最近は喫茶店のピラフにハマっちゃって。ナポリタンとかオムライスとかってブームになったりしたけど、ピラフって誰も振り向かないじゃないですか(笑)。
究極の名古屋式日常食「チャーラー」
永谷さんが喫茶店のピラフ同様、ハマっているのがチャーラーだ。
チャーラーとは、町中華などでよく提供されているチャーハンとラーメンのセットのこと。なんだ、それなら名古屋じゃなくても全国にあるじゃないかと思うかもしれないが、チャーラーという名称が名古屋以外のどこにあるだろうか。全国にあるけど、名古屋にしかない。そんなチャーラーの食レポを趣味でブログに上げまくっていたら、最終的にチャーラーの連載をしてほしいというオファーがあるメディアから舞い込んだというから世の中何があるかわからない。
永谷:ラーメン店の取材も長年やってきたんですが、つけ麺が流行り出したあたりからちょっとついていけなくなった部分もあって、自分にとって本当に美味しいラーメンってなんだろうって考えた時に、頭に浮かんだのは子供の頃によく食べていたいわゆるオーソドックスなしょうゆ味だったんですよ。親が共働きだったので土曜の昼に学校から帰るとテーブルにメシ代として500円が置いてあって、それで食堂行って食べていました。
食べ盛りの頃によく食べたラーメンとチャーハンのセットが無性に懐かしくなり、市内でチャーラーを食べまくっているうちに「チャーラーは名古屋特有」という事実に気づいた。
永谷:チャーハンとラーメンのセットなんて全国にあるんですけど、自分としてはしょうゆ味のラーメンしか味的に成立しないだろうって思い込んでいたんです。だけど、面白いのは博多でとんこつラーメンのチャーラーを食べても文句なしに美味い。チャーハンがちゃんとそれに合う味にローカライズされてるんですよね。身近すぎて気づかなかったけど、意外と奥深いものなんじゃないかって思いました。
永谷さんを見ていると、誰もが気づかない地元の面白さを伝えられる人がローカルで生き残っていくような気がしてならない。
脱・名古屋メシ宣言したからこそより視界がクリアになったのだろう。
永谷:愛知県の産業って自動車を頂点とする製造業がメインなんです。広島県呉市のヤマトミュージアムとか行くと、当時の技術者に愛知県人めちゃめちゃ多いわけですよ。名古屋港の貿易黒字がずっと日本一なのも自動車があるから。
ただ、一方では食材が豊富な地域でもあるんです。畜産も盛んだし、三河湾では新鮮な魚が獲れて、豊橋あたりでは野菜の生産量も多い。ただ、地元の人ですら、このレベルの高さに気づいていないフシがあるんですよね。魚介専門店でも地魚と日本海産だったら、みんな日本海産のお店に入っちゃうんで(笑)。そういう食材王国としての愛知県をもっと知ってほしいなって思うし、自分も伝えていきたいですね。
迷路のような篠島の街並み
ここまで読んでもらえて感謝しきりである。最後におまけとして今回の名古屋出張で個人的に印象に残ったスポットを紹介して終わりにしたい。
取材の翌々日、名古屋市内の駅から名鉄で知多半島の河和駅まで行き、そこからフェリーで島巡りをして東京へ帰った。愛知県に島があるのかと思う人もいるかもしれないが、これが結構良かったので機会あればぜひ行ってみてほしい。
あとは本文抜きでキャプションで進めるので気楽に読んでください。
大都市・名古屋からわずか90分ほどでこんな風景に出会えるとは予想だにしなかった。
日間賀島も篠島も素晴らしいところなのでぜひ足を伸ばしてみてください。
日本フリーランスの旅 vol.2【福岡編】大塚たくまさん
「日本フリーランスの旅」連載第二回目は、福岡在住のフリーランスライター(当時)、大塚たくまさんにご出演いただいた。
大塚さんを知ったのは2019年春。僕がかつて関わっていたグルメサイトでローカルのライターを探しているときに彼のことをTwitterで見つけて記事制作をオファーした。
当時、彼はフリーランスとしては駆け出しに近かったように思うが、九州人にはお馴染みのアイス「ブラックモンブラン」の取材記事を皮切りに、福岡のうどんやラーメンの記事でヒットを連発。とりわけ、福岡うどんの大手チェーン店3社を取材した記事は、最初の読者になれたことが最上の喜びという編集者冥利に尽きる出来栄えで、SNSでも大いに盛り上がった。いまだに「福岡 うどん」でググればこの記事がほぼトップの位置に鎮座し、ノンスクロールでアクセスすることができる。
大塚さんは以降も、さまざまなウェブ媒体で話題の記事を生み出すだけに飽き足らず、「福岡めんたいこ地位向上協会」という私設団体の活動にも尽力したり、佐賀県・嬉野市で地域活性の記事を継続して手がけるなど、わずか2年で「福岡にこのライターあり」という立場にまで上り詰めた。正直、ローカル在住でここまで活動の幅が広いフリーライターを見たことがない。
この連載で彼の目を通したローカルのありようをぜひじっくり聞いてみたかった。結果的に福岡のみならず日本全国に問題を投げかける内容となったのでできれば最後まで読んでほしい。
日常と観光の分断が起きている
福岡空港で大塚さんの車にピックアップしてもらい、一路東へ進む。挨拶もそこそこに車内で真っ先に話題になったのは「日常と観光の分断」についてだった。
別に小難しい話ではない。きっかけは2020年、彼が佐賀豪雨の風評被害に苦しむ佐賀県・嬉野市(うれしの)の旅館の記事を書いたことから、かの地と縁ができ、嬉野の紹介記事を頼まれて通い始めるようになってからのこと。彼は想像だにしなかった事態を知る。意外にも、嬉野名物にもなっている「湯豆腐」を地元の人があまり食べていない、という。
大塚さん(以下敬称略):嬉野の湯豆腐とひとくちにいっても温泉のお湯を利用したりしてなかったり、お店によっていろいろ違うんです。主に食べているのは観光客。地元の人間が日常的にお店で食べるものではないと聞いてショックを受けました。確かに地元の人々に湯豆腐のおすすめを聞いてみても、あそこがオススメだよ、みたいな話が聞こえてこないんです。足元にあんなに美味しいものがあるのになぜなんだろうって。
地元の人が美味しいと思って普段食べているものが、観光客にもアピールすることで名物に格上げされるのは自然の話だ。大阪の「粉もん」は大阪人が好んで食べてこそ、そこを訪れる観光客にとっても名物たりうる。だが、嬉野では完全に乖離が起こってしまっているというのだ。
大塚:温泉街で働く観光業の方々は地元の名物をよく知っているし、誇りも持っているんです。ただ、それ以外の人々はどんどん分離が進んでいるように感じます。例えば、嬉野の近隣エリアの人々は嬉野温泉にもあまり浸からないという話も聞いてます。もしかしたら嬉野ではなく、大分・湯布院の湯の方にたくさん浸かってる、みたいな事態だってありうる。地元の高校で観光科の生徒たちに聞いても「嬉野は何にもない」って言うらしくて。温泉があって、湯豆腐が美味しくて、酒蔵とか焼き物とか、古い街並みがあったり。宝がいっぱいあるのに…。
観光客はありがたがるが、地元の人は見向きもしない。嫌悪はしていないが、日常から乖離し、根付かないままでいる。
もっとも、2019年まではそれでよかった。地元の経済含めていろんなことが回っていたし、さして弊害にはならなかった。しかし、観光業が致命的な打撃を受けるコロナ禍においてはどうだろう。その分離は悲劇を生みやしないか。大塚さんが危惧しているのはそこだ。
彼がレギュラーライターを務める連載読み物「嬉野温泉 暮らし観光案内所」でも、その辺りのことに言及しているのでぜひ一読願いたい。
福岡人はなぜ明太子を「面白がらない」のか
福岡の話をするはずが、図らずも佐賀の話題になってしまった。ここからが本題。
福岡と聞いてどんなイメージがあるだろうか。九州の玄関口、博多や天神の繁華街、中洲の屋台。炭鉱で栄えた筑豊〜北九州工業地帯。ラーメン、うどん、もつ鍋。博多華丸大吉など多くの芸能人を生んだ土地。常勝軍団ソフトバンクホークス。ざっくりいうとそんなところ……いや、ひとつ大事なのを忘れてはいやしないか。明太子である。
現在、大塚さんが広報係を担当する「福岡めんたいこ地位向上委員会(以下、めん地協)」は、協会理事の田口めんたいこさんを中心に2021年春から活動している。明太子マニアである田口さんが東京暮らしをやめ、明太子普及のために福岡へ移住してきたことをきっかけに大塚さんと知り合い、本格的に活動し始めた。
明太子はすでに十分なくらい福岡の名物になっており、全国的にコンセンサスは取れているはず。何も今さら協会作って普及しなくてもよかろうもんと言いたくなるのだが。
大塚:福岡の人間って、うどんやラーメンについては熱いんですよ。実際、みんなそれぞれ自分のお気に入りのお店を持ってて、「俺の方が愛してる」自慢すらできる。でも、明太子の話になると「どれも一緒たい」みたいに話が雑になっちゃう。明太子自体は好きなはずなのに、うどんやラーメンみたいに個性とか差異を面白がれない。あれ、これまだ誰も掘ってなくない? 高級品で片付けちゃっていいんだっけって。
現在、県内にある明太子メーカーはなんと200社あまり。「ふくや」「やまや」「福さ砂屋」といった全国的にもメジャーなメーカーから、家内制手工業に近い零細企業まで、他県民の想像以上に裾野が広がっており、当然ながらそれぞれの個性や魅力も違う。
つまり、うどんやラーメンのように語れる要素を十分に兼ね備えていながらも、誰からも面白がられずにここまできてしまったというわけだ。嬉野で知った日常と観光の分断に近い現象が自分たちの足元でも起こっていたのである。
今回の取材でもっとも予想を裏切られたのがこの現象だった。
大塚:僕自身、めん地協のメンバーとしていろんなメーカーさんの味を食べ比べてみて、本当に驚いたんです。こうまで違うか、というくらいそれぞれ銘柄で味が全然違う。だから、めん地協がやるべきことはたくさんあると確信しているんです。特にコロナ禍で観光客が激減して、小さな業者さんが苦境にあえいでいる。福岡の人間として、このままつぶれていくのを見過ごしていいかといえば、そんなことはないですよね?
この問題、いろんな地域に当てはまることなのではなかろうか。
かくいう自分も実際、大塚さんの話を聞いていて、自分の故郷である熊本県天草市のことが脳裏に離れなかった。いくつか思い当たるフシがあったが、それはまた別の機会機械に書いてみようと思う。
地元民しか知らない田川のソウルフード「山賊鍋」
大塚:今回、ムナカタさんをぜひ僕の生まれた町・田川市に案内したかったんですよ。一軒、お連れしたいお店があるんです。そこで昼メシ食べましょう!
なんでも、田川名物の鍋があるらしいのだが、よその地域では「田川名物」と認識されていないとのこと。あまりに市民の日常になりすぎていて観光グルメになっていないのである。さきほどから話題になっている「日常と観光の分断」の逆パターンだ。
大塚:福岡市内で「田川の山賊鍋って知っとうや?って聞いてもほとんどの人は聞いたこともないって答えるんです。市民にとってはソウルフードとも言うべき存在なのに、あまりの無名度に愕然しましたね」
着いたのがここ。和食の店「かしわぎ」本店である。
大塚さん:僕が子供の頃はミンチとスープだけ買って帰って、他の具材はスーパーで買ってきた肉とか野菜を入れて自宅で山賊鍋を食べてたんですよ。正月も食べて、残ったのはお雑煮にしていた記憶があります。もっと田川以外に広まってほしいですけどねぇ。
現在、大塚さんの実家は同じ福岡県内でも全く違うエリアの宗像(むなかたし)市にあるので、田川には仕事の用事がないとなかなか来れないと言う。他地域へ輸出されないソウルフードは、彼にとって郷愁の味でもあるのだ。
感度の低い人と仕事したい
大塚さんは、福岡の大学を卒業後、東京にあるテレビの制作会社に就職。ADとしての毎日は悲惨なほどに多忙を極め、フジテレビの仕事でお台場に3週間ほど泊り込んだこともあった。
大塚:洗濯するヒマも金もなかったので、「27時間テレビ」でもらったグリーンのTシャツを着てました。それでも上司から「オマエ臭いぞ」って言われて。基本的に寝てる時間より起きている時間が圧倒的に長いから、その3週間がまたすっごい長く感じるんですよ。
結局、激務に耐えきれずにわずか半年で退職。失意のまま故郷の福岡へ戻った彼は、浄水器の営業マンを経て、SEO記事の制作会社に就職した。
大塚:「えっ?こんなに痩せちゃった!」みたいな記事をたくさん作ってたんですが、だんだん辛くなってきたので退社してフリーランスのライターになりました。そのとき書いてたのは1文字1円とか0.5円のコタツ記事ですね。「こんなオトコ捨てちゃえばいい」みたいな(笑)。あー俺もなんか取材記事やりたいなぁって思ったときにムナカタさんから福岡のグルメを取材してみませんかっていうTwitterのDMがきて。東京のメジャーな媒体から俺に?マジかよ!って。
その後の快進撃は冒頭に記したとおり。
現在ではサラリーマン時代の年収をはるかに上回る収入を稼ぎ出している大塚さんだが、驚いたのはその姿勢にまったく驕りがないことだ。とりわけ、田川での取材を終えて福岡市方面へ戻る車中、彼がぽつりと漏らした一言が脳裏を離れない。
大塚:こういう言い方するとなんですが、僕は感度の低い人と仕事したいんですよ。僕が書いた記事も、普段ネットで情報収集とか全然しない人に楽しんで欲しいなって。
感度の高い人と知り合いたくて天草というド田舎を出た自分にとっては衝撃的な発言だった。
たとえるなら大衆食堂に置かれたテレビのような、あくまで日常の感覚で気軽に楽しめるコンテンツを彼を目指しているのだろう。多くの売れっ子ローカルライターが首都圏メインの仕事をする中、現在、仕事の割合が地元(九州レベルで)と首都圏で半々なのもうなずける。
そして2022年2月、彼はついに動く。フリーランスから法人なりをしたのだ。社名は株式会社なかみ。
社名を聞いた時、思わずニヤリとした。
「社名が(英訳の)コンテンツだと、感度低めな人には伝わらんでしょ!」
彼のそんなメッセージが頭の中で聞こえてくるような気がしたからだ。
日本フリーランスの旅 vol.1【滋賀編】BUBBLE-Bさん
まずは本題に入る前に、本シリーズ企画の趣旨を。
編集者として約5年ほど大手企業のグルメサイトの運営に携わって痛感したことが2つあった。
ひとつは情報自体があまりに首都圏本位で発信されていること。ユーザーの割合的に、首都圏が多勢を占めるおかげでそうならざるをえないのかもしれないが、情報の一極集中化に対する違和感が常にあった。それは自分が九州の端っこのド田舎出身ということも関係しているかもしれない。
もうひとつは、ローカルで活動なさっているフリーランスには、優れたライターやカメラマンの方々がたくさん存在すること。中には全国区で活躍されている方もいるものの、十分な力量はあるのにまだまだ活躍の場が足りていない、もっと大々的に土地の魅力を伝えてほしいと常々思っていた。
ならば、普段は取材やインタビューする側の彼らにこちらが取材し、彼らの存在とともに土地の新しい魅力が伝わるのでは。そう強く感じたので、自分がやってる会社のサイトで連載してみることにした。
この企画では、各地で活躍するフリーランスの方々へのインタビューや現地取材を通して、彼らの仕事ぶりや生活スタイル、さらに訪れてほしいスポットや首都圏から見たイメージとのギャップを紹介したい。そう、当該の地にこちらが抱いている勝手な先入観を裏切られてみたい、という思惑がある。
フリーランスという存在を通したローカルのガイド。ありそうでなかった観光ガイドとしても役立ててもらえたらこれ以上の喜びはない。
海のように雄大だが海ではない
というわけで初回はこの地を選んだ。
海に近い土地(というか島です)で育った自分のような人間が、もし写真素材だけ与えられたらそ思わずそんなキャプションをつけてしまうかもしれないが、写っているのは海ではなかった。
なぜならそこは、
滋賀県だから。
ここに海はない。そう、真ん中部分は、県の面積で約1/6を占める琵琶湖である。
つまり上の写真Å~3の正しいキャプションは「なだらかな海岸線」ではなく湖岸線、「浜辺」ではなく湖畔、「海水浴」ではなく湖水浴ってことになる。
新幹線の京都駅でJR在来線に乗り換えてものの10分ほどで下車。降り立ったのは、大津市にあるJR石山駅だ。
滋賀にUターンした飲食チェーン店トラベラー
今回、滋賀を案内してくださったのはこの方である。
本店や1号店をメインに食べ歩く飲食チェーン店トラベラーであり、ミュージシャン、DJ、ライター、PR制作者としても活躍中のBUBBLE-Bさんだ。
BUBBLE-Bさんは東京での20年に及ぶサラリーマン生活に見切りをつけ、2019年末にフリーランスになった。同時に、生まれ故郷の滋賀県大津市にUターン。市内にある石山駅が最寄り駅だ(とはいえ自宅にはクルマでしか行けない距離のようだが)。
その経緯は本人がsuumoタウンの記事にも記している。
この記事には、滋賀へ戻る経緯が情感をこめて綴られてはいるが、Uターン以降のことはあまり詳細に述べられていない。
滋賀でいったいどんな日常を送り、20年の首都圏暮らしという客観的な視点を獲得した彼の目に故郷はどう映るのか。そんな彼がオススメするスポットも覗いてみたい。
ちゃんこ風味の近江ちゃんぽん
まずは昼メシから。彼が最初に案内してくれたのは、大津市内のショッピングモール「FOLEO」。
BUBBLE-Bさん(以下BBと省略):大津市民の休日は9割くらいがショッピングモールで過ごすんじゃないかってくらいモールが多いんです。
ランチに選んだのは、この「FOLEO」内にあるチェーン店「ちゃんぽん亭」。ご当地麺「近江ちゃんぽん」のお店である。実に飲食チェーントラベラーらしいチョイスだ。
僕は熊本県の天草というちゃんぽんがソウルフードみたいになっている土地の出身。いろんなちゃんぽんが日本各地でご当地麺として発展していること自体はすでに知っていたが、近江ちゃんぽんはまだ未体験だった。
迷わずいちばんスタンダードなメニュー「ちゃんぽん」を頼む。
麺はかんすいを使ったやや細めの中華麺で、すべりがいいのでチュルンとすすれる。
鰹と昆布出汁によるスープは想像以上に和風味でちゃんこ鍋のツユにも近い印象。鶏ガラ&豚骨の長崎ちゃんぽんとは全然違う。酢を途中から投入して味変させればまったく飽きない。
結果、あっという間に平げてしまった。ちゃんぽん国の出身者でも文句なしに「美味い」と思える一品だった。
BB:このチェーンは滋賀県内の彦根が発祥なんです。ここ以外に滋賀発といえば、ラーメンの「来来亭」くらい。絶対的な名物と言えるものがないので、ここがオススメといえばオススメですね。
名物がない、ってことないないだろうと思ったけど、これについては後述する。
ちなみにこのモールFOLEOの中には、人気スポットがある。それが新幹線展望テラス。
若者と年寄りが二極化する「地サウナ」
BUBBLE-Bさんが「ひとっ風呂浴びていきませんか。行きつけのサウナがあるんで」と思いもよらぬ提案をしてきたので、二つ返事でOK。
着いたのは、ここ。大津市内にある、おふろcafe「びわこ座」。
観光客など絶対に来ない、ましてやサウナブームで注目されている施設でもない、ローカル限定の地サウナといったところか。
BB:ここはね、客層が二極化しているんです。若者か、ご年配しかいない。
いったいなぜなんだと不思議に思ったが、館内を徘徊してみてなんとなくわかった。
まず、昨今のサウナブームを受けて若いサウナーたちがやってくる。多くは周辺に住む大学生や20代のカップルだ(マジでデートで来てる風も多かった)。
一方、年配者が多い理由はこれ。
そう、大衆演劇、大衆芸能があるから。
施設内に劇場が設置されており、入場料を払った利用者はタダで楽しむことができるのだ。極端な話、サウナを一切利用せずに推し目当てでやってくる客もいる。
BB:ここ、ホント穴場なんです。僕らみたいな中年とか、子連れが極端に少ないせいか、いつも比較的空いているし。全国をめぐるサウナーたちにまだ「見つかっていない」んじゃないかな。
実際、週末の夕方に訪れたにもかかわらず、大浴場もサウナも空いていて大変快適だった。
生涯でいちばん美味しい抹茶アイス
BB:僕がこれまで食べた抹茶アイスの中でいちばん最高のがあるんですよ。そこ行きましょう。
サウナでいい汗かいた後に向かったのは、ちゃめちゃ山間部にあるお茶の郷 木谷山(きたにやま)。
ここ、正確には京都の宇治田原町なのだが、大津市から十分クルマで行けるスポットだ。
抹茶アイス自体を久しぶりに食べたのだが、さすが「生涯ベスト」というだけあり、緑茶の味がストレートに伝わってきて冷茶を飲んでるかのよう。お茶工場で挽きたての茶葉をブレンドしているのだとか。
滋賀ではフリーランスは珍種なのか
ここで場所を移して、BUBBLE-Bさんにインタビューすることに。
やってきたのは、瀬田川沿いにある喫茶店、ライダースカフェ ダブルエム。
BB:ここ、たまに仕事の気分転換がてら来るんですけど、ロケーションが最高で。
まずは仕事面の近況から聞く。
BB:今はコンテンツ制作から、DJ、作曲、ライターとか、いろんな仕事をしてますけど、大半が東京の案件です。なぜか関西の仕事は滅多にありませんねぇ。ましてや滋賀は……ありえない。
地方移住したライターから「案件のほとんどが東京」という話は頻繁に耳にする。それでは滋賀に住むメリット、デメリットはなんなんだろうか。
BB:大津市とか、その近隣の草津市のような南湖エリアに限って言えば、メリットは京都・大阪と東海地方どっちもアクセスしやすいことでしょうか。京都は目と鼻の先だし、名古屋も車で1時間ちょい。逆にデメリットは東京との距離感でしょうね。たまに僕が首都圏住んでると思い込んで「渋谷の◯◯カフェで夕方打ち合わせしませんか」って言われることもありますから。それと、滋賀はとにかく同業者というか似たような仕事をしているフリーランスがいないので情報交換は期待できませんね。周りからは「あの人普段何やってるんやろ」みたいな目で見られてるんじゃないですかね(笑)。
田舎では、フリーランスとフリーターがほぼ一緒くたになって認識されている。そこらの会社員や公務員よりもよほど稼いでいたとしても、だ。
BB:最近、横のつながりができればと思って地元の商工会青年部に入ったんですけど、自分みたいな職業はまずいない。まぁだいたいはお店やってる人だから、共通の話題は難しいですね。俺、中古車のディーラーさんとナニ話したらいいんやろ?みたいな(笑)。
確かに「トラックメーカー」と言っても、人によってはまるで違う意味に捉えられかねない。
根深い食のアイデンティティ問題
ところで、UターンしたBUBBLE-Bさんにとって故郷の滋賀はどう映るのだろうか。正直、熊本→東京というコースで生きてきた自分にとっては琵琶湖くらいしかイメージがない。あとは彦根城くらい?
「いやいや、琵琶湖以外もめっちゃありますよ!」という反論を期待していたが、当のBUBBLE-Bさんもどうにも歯切れが悪い。
BB:滋賀は……わかりやすいものが、ないんですよ。食べ物にしても、こっちに戻ってきて、「わぁー地元の味だー、これだこれこれ、やっぱいいなぁ」って思うものが正直ない。ブランド牛の近江牛とか、近江米とか、あと農産物なら守山市のスイカとかメロン、あと琵琶湖の稚鮎とかは有名ですけど、普段から食うもんじゃないし。
だからこそランチで食べた「近江ちゃんぽん」がマジで推しの一品だったのか。
BB:強いて言うなら地酒くらいかな。日本酒の酒蔵は結構あるので。
たとえば、鮒寿司なんてどうなんだろう。発酵ブームでかなり脚光を浴びているアイテムだけに、地元人が誇れる郷土料理なのでは。
BB:(鮒寿司に関しては)今思うと、そういうわけでもないですね。観光向けへのアプローチもあんまりされてない感じです地元の人はお祝いごとのときの縁起物として食べるくらいで、決して日常食ではない。自分自身は子供の頃から食卓に上るとテンションが下がるアイテムでした。
滋賀に来たら何を食べればいいのか問題は、なかなかに深刻だ。
BB:正直、地元の人すらもわかんないんですよ。他県からDJ仲間を呼んできて一緒にイベントやったりするとき、フツーの居酒屋で刺身とか食べますしね。
となりの京都がメジャーすぎる問題
アイデンティティ問題で言うなら、食とはまた別に深刻な問題がある。隣県である京都がメジャーすぎて何をやっても霞んでしまうのだ。
BB:観光面でも、滋賀は滋賀でこれまで数えきれないほどチャレンジしてるんですよ。でも隣の京都ブランドが強すぎる。例えば、天台宗の総本山になってる比叡山延暦寺。あそこ滋賀だって知ってました?
すみません、なんとなく京都だと思ってました。
BB:JRの「そうだ京都行こう」キャンペーンでなぜか比叡山延暦寺が入ってたり。まぁ、ビジネス的な戦略なんでしょうけど、そこ京都じゃないでしょっていう。
そう語るBUBBLE-Bさんが京都に敵対心を持っているかというとまったくそんなことはなく、むしろ「関西でいちばん近い都市部」として慣れ親しんでいるし、頻繁に京都へも行く。市内には行きつけのスポットも多い。
BB:実は最近、滋賀はいい流れが来てたんです。NHK「麒麟がくる」で石田三成ゆかりの西教寺が出てきたり、朝ドラ「スカーレット」で陶芸の街として信楽(しがらき)が脚光浴びたり。あまり開発されてない感じのスポットもまだまだあるし、京都とはまた違う良さがあるんじゃないですかね。
まさにその通り。「国内で衝撃を受けた場所はどこか」と問われたらベスト5に入れたいのが琵琶湖に浮かぶ唯一の有人島、沖島だ。 海の近くに育った自分のような人間にとって、ここは初めて見る淡水の漁港だった。
最大の裏切り、それは海鮮丼
最後に、大津市内の居酒屋へ。JR瀬田駅近くの梅原水産だ。
BB:(ニヤニヤしながら)これぞ滋賀!っていうものを食べましょう。
てっきり川魚かと思いきや着いた梅原水産はこんな店構え。
どこがこれぞ滋賀なんじゃ!と突っ込むのも忘れ、ただただ夢中で頬張ってしまった。
そして全部、イケた。東京の居酒屋よりもよっぽど安くて美味い。
まさか滋賀に来て海鮮に感動するとは。本日最大の裏切られ感だ。
打ち上げは瀬田の「梅原水産」
— BUBBLE-B (@BUBBLE_B) September 15, 2019
ここやっぱり物凄いクオリティですね…
海無し県の滋賀でこの豊かな海産物。どうなってるの! pic.twitter.com/Qta1kAnS6a
ご本人も過去にツイートしているとおり。ホンマどうなってるの!
「Nippomフリーランスの旅〜 全国裏切られ紀行」第一回目いかがだったろうか。
振り返ってみると「滋賀」という主語がやや大きすぎたかもしれない。BUBBLE-Bさんの地元は琵琶湖の南部である「湖南エリア」で関西の文化圏。対して、長浜市などの湖北エリアは北陸に近く、方言や食文化も違う。
さらに、彦根城のある彦根市は湖東で、美しい自然が残っていて水の澄んだ湖岸が広がる湖西。どれも風景が独特だ。
そう考えると、ただただ琵琶湖のデカさを感ぜずにはいられない。記事冒頭の写真キャプション、やっぱりそのまんま「海」でいい気もちょっとだけしてきた。
【おまけ】